SNSが不妊治療中のメンタルに与える影響【臨床心理士が解説】
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はじめに
不妊治療は、身体的・経済的負担に加え、精神的にも大きな影響を与えるプロセスです。臨床心理学の観点から見ても、そのストレス負荷は、慢性的かつ予測困難な「ライフイベントのストレッサー」に分類され、抑うつ、不安、自己否定感の増大と強く関連しています。
そのような心理的脆弱性の高まる時期に、SNSが与える影響は決して無視できるものではありません。
SNSがもたらす「比較」と「自己評価の低下」
▷ 社会的比較理論(Social Comparison Theory)
心理学者フェスティンガーが提唱した社会的比較理論によれば、人は自分の状況や価値を他者との比較によって認識します。不妊治療中は自己肯定感が低下しやすく、SNSにおける他者の「妊娠報告」や「子育ての幸福感あふれる投稿」が、自動的かつ無意識に比較の対象となりやすくなります。
この「上方比較(自分より良い状態の人との比較)」は、本来はモチベーションになることもありますが、不妊治療中の心理状態では、「自分だけが置いていかれている」「何をやっても報われない」といった自己無力感や孤独感に繋がりやすく、心に強いダメージを与えます。
SNSと「感情の解離」
▷ 情動調整理論の観点から
SNSをスクロールする行為は、感情の「一時的な回避行動」として機能することがあります。臨床心理学ではこれを、情動調整(emotion regulation)のひとつと見なしますが、長期的には「自分の感情から距離を取りすぎてしまう」感情の解離状態に近づくことがあります。
つまり、本来であれば感じて処理すべき悲しみや不安をSNSの閲覧で押し込め、結果として慢性的な情緒不安定や抑うつ傾向が強まることが臨床の場でも見られます。
SNSと「自己語り」の圧力
▷ ナラティブ(語り)とアイデンティティの分断
SNSは、自分の生き方や価値を「物語」として発信するメディアでもあります。しかし、不妊治療というデリケートな体験は、多くの人にとって言語化が困難なプロセスです。
その中で「幸せそうな語り」があふれるSNSにいると、自分の経験が“語れない・語ってはいけない”ものに思えてしまい、アイデンティティの断絶や孤立感が深まる場合があります。臨床心理学ではこれを「ナラティブの喪失」と呼び、トラウマ的体験の後によく見られる心理的反応とされています。
専門家が勧めるセルフケアと対処法
SNSの影響を和らげ、心理的な安定を取り戻すために、以下のような方法が推奨されます:
1. SNS断ちまたは閲覧制限の導入
一時的にSNSから距離を置くことは、「心の情報環境の整理」に効果的です。スマートフォンの使用時間制限機能の活用や、妊娠・育児関連ワードのミュート設定も有効です。
2. 感情を言葉にする習慣
「今、何を感じているのか」「本当は何がつらいのか」を紙に書き出す・声に出す・安全な場で話すことで、自分の気持ちとの接点を取り戻すことができます。これは認知行動療法や感情焦点化療法(EFT)などで重視されるアプローチでもあります。
3. 心理支援を活用する
SNS上の情報はあくまで断片的で主観的なものです。不安や孤独が強いときには、臨床心理士や公認心理師といった専門家の支援を受けることで、「語る」「整理する」「自己理解を深める」プロセスが促され、自己肯定感の回復にもつながります。
おわりに
SNSは、便利でつながりやすい反面、不妊治療中の心理に与える影響は非常に繊細かつ深刻です。
「つらい」「苦しい」と感じることは決してわがままではありません。むしろ、それだけあなたが真剣に、そして一生懸命に日々を生きている証です。
SNSから少し離れて、「自分の気持ち」と向き合う時間を大切にしてください。必要であれば、心理支援のプロに頼ることも、立派なセルフケアのひとつです。あなたの心が少しでも軽くなりますように。

