【妊活中のつらさ】友人の妊娠報告がつらいとき、心を守る方法
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〜不妊治療・妊活における自然な心の反応を理解する〜
妊活や不妊治療を続けている中で、友人や同僚から妊娠の報告を受ける瞬間は、多くの方にとって大きな心の揺れをもたらします。
「心からおめでとうと言いたいのに、胸が苦しくなる」
「喜べない自分は冷たいのではないか」
そんな思いに戸惑い、自分を責めてしまう方は少なくありません。
しかし、まずお伝えしたいのは、それはあなたの心が弱いからではなく、心理学的に説明できる自然な反応だということです。
なぜ「友達の妊娠が喜べない」と感じるのか
妊活や不妊治療中に他者の妊娠を知ったとき、強い感情の揺れが生じるのは決して珍しいことではありません。
臨床心理学の観点からは、以下のような背景が関わっています。
1. 繰り返される喪失体験と比較の苦しさ
不妊治療では「今回はうまくいかなかった」という体験を何度も繰り返すことになります。
これは臨床心理学的に 「反復的な喪失体験(recurrent loss)」 と呼べるものであり、通常の喪失よりも長期にわたり心を疲弊させる特徴を持っています。
妊娠の可能性に期待を抱き、生活や身体を調整して治療に取り組む。
その努力や希望が「陰性」や「中止」という結果で打ち砕かれると、存在しなかった未来が失われるような感覚に襲われます。
これは心理学的に「複雑な悲嘆(complicated grief)」に近い反応とされ、慢性的な抑うつや不安を引き起こすことがあります。
このような状況で友人の妊娠を知ると、次のような問いが突きつけられます。
「自分はどれだけ望んで、どれだけ努力をしてもまだ叶っていない。
どうして自分じゃないのか。」
これは単なる嫉妬ではなく、自己評価や存在価値への深い揺さぶりです。
心理学でいう「社会的比較(social comparison)」が働き、他者との違いが自分の無力感を強めるのです。
実際に、複数の研究はこの苦しみを裏付けています。
- 世界的なメタアナリシスでは、不妊女性のうつ症状の有病率が30〜40%に達することが示されており、一般女性よりも高い割合で心理的苦痛を抱えることが報告されています【Fertility Research and Practice, 2021】。
- 中国で行われた横断研究では、不妊女性の25.2%が不安症状、31.3%が抑うつ症状を呈しており、年齢・睡眠の質・身体的症状が有意なリスク因子とされています【PLOS ONE, 2023】。
- ネットワーク分析の研究では、不妊治療を受ける患者の心理的苦痛の中心的な症状として「罪悪感」が浮かび上がっており、これは「自分は十分でない」「望むものを失っている」という思いが核となっていることを示しています【Frontiers in Psychology, 2022】。
- 日本の研究では、不妊女性において「スティグマ(社会的烙印)」の感覚が強いほど、抑うつ・不安・心理的苦痛が高いことが確認されており、社会的比較や周囲の目線が精神的負担を大きくしていることが示唆されています【Healthcare, 2022】。
これらの知見は、「繰り返される喪失体験」と「比較」の組み合わせが、強い心理的負担を生むことを科学的に裏付けています。
つまり「友達の妊娠を喜べない」と感じることは、心が弱いからでも、人間性に問題があるからでもなく、不妊治療に伴う自然な心の反応なのです。
2. 「どうして自分じゃないの?」という切実な問いと罪悪感
多くの方がまず抱くのは「羨ましい」という感情よりも、「なぜ自分はまだ妊娠できないのか」という切実な問いです。
これは他者への攻撃的な感情ではなく、努力や希望が報われない現実に直面したときの深い悲しみや無力感です。
心理学的には、この感覚は「自己評価の揺らぎ」や「喪失感(loss)」に関連するとされています。
不妊治療では、毎月「今回はうまくいかなかった」という繰り返しの体験が積み重なりやすく、そこに友人の妊娠が重なることで、「どうして自分は選ばれないのだろう」という強い自己への問いかけが生まれるのです。
しかし同時に、「友達を素直に祝福できない自分は悪いのではないか」と罪悪感も生じます。
つまり、「なぜ自分じゃないのか」という自己への問いと、その感情を抱いてしまったことへの罪悪感が重なり、心に二重の負担をかけるのです。
心理学ではこのような「相反する感情が同時に存在する状態」をアンビバレンス(両価性)と呼びます。
これは人間関係において自然に起こりうるものであり、決して人間性の欠如ではありません。むしろ、それだけ人とのつながりを大切に思いながら、自分の現実に誠実に反応している証です。
3. 社会的・文化的なプレッシャー
日本を含む多くの社会では、「妊娠・出産は人生の自然な通過点であり、祝福されるべき出来事」という強い文化的価値観があります。結婚すれば「子どもはまだ?」と尋ねられることが当たり前のように起こり、妊娠や出産の報告を受けたら「心から喜ぶのが当然」という暗黙の前提が共有されています。
このような文化的規範は、心理学的には「社会的規範(social norm)」や「スティグマ(stigma:社会的烙印)」として働きます。不妊治療をしている人は、こうした価値観を自分の内面に取り込んでしまい、「妊娠を喜べない自分はおかしいのでは」「女性(あるいは人)として欠けているのでは」と感じやすくなるのです。臨床心理学では、この現象を「内在化されたスティグマ(internalized stigma)」と呼び、うつや不安の発症に強く関連することが知られています。
実際に、日本の不妊女性を対象とした研究(Healthcare, 2022)では、スティグマの感覚が強いほど抑うつ・不安・心理的苦痛が高まることが確認されています。これは、外からの評価や文化的価値観が、内面的な自己否定感を強める大きな要因になることを示しています。
また、不妊治療患者の心理的負担を分析した研究(Frontiers in Psychology, 2022)では、罪悪感が心理的苦痛の中心的な症状として位置づけられており、「祝わなければならないのに祝えない」という文化的プレッシャーが、罪悪感をさらに増幅させている可能性が指摘されています。
つまり、
- 一次的な苦しみ:「どうして自分じゃないのか」という痛み
- 二次的な苦しみ:「それを喜べない自分は不完全だ」という自己非難
この二重の構造が、心の疲弊と孤独感をさらに深めてしまうのです。
📌 このように、社会文化的な価値観やスティグマは、単なる背景要因ではなく、感情のあり方そのものを形づくり、「友達の妊娠を喜べない」という気持ちをより強めてしまう要因になります。
つまり、その感情はあなたの弱さではなく、社会的プレッシャーを受けた心の自然な反応なのです。
感情を否定しないことが心を守る
臨床心理学の研究では、感情を抑圧するとストレス反応が高まることが示されています。
「喜べない自分をなくそう」と努力するよりも、「今の自分にはそう感じる理由がある」と認めることが、心を守る第一歩です。
近年注目されている「セルフ・コンパッション(self-compassion:自分への思いやり)」も同様の考え方に基づいており、罪悪感や孤独感を和らげ、心理的回復力(レジリエンス)を高める効果があることが報告されています。
無理に関わらなくてもいい
友人や同僚の妊娠・出産の話題に触れることがつらいと感じるとき、無理に関わろうとしないことも健全な選択です。心理学ではストレスに対処するための工夫を「コーピング」と呼びますが、その中には「回避的コーピング(avoidant coping)」と呼ばれるものがあります。
回避的コーピングは一見「逃げている」ように見えるかもしれませんが、心が傷つきやすい状況ではむしろ自分を守るために必要な戦略と考えられています。特に、不妊治療中は心身が疲弊しやすく、感情の揺れ幅が大きくなっているため、刺激を減らすことは心を守るための自然な反応なのです。
距離をとることの臨床的意義
臨床心理学的には、「距離をとる」ことにはいくつかの意義があります。
- 過剰な刺激を避ける
妊娠や出産の話題は、不妊治療中の人にとって強い感情を引き起こすトリガー(引き金)になりやすいものです。距離をとることで、感情の波を最小限に抑えることができます。 - 回復のための余白をつくる
人は、心理的ストレスから回復するために「安全な空間(safe space)」を必要とします。距離をとることは、一時的にその安全な空間を確保する手段になります。 - 自己決定感の回復
「会うか会わないか」「関わるか距離をとるか」を自分で決めることは、自己決定感(sense of control)を回復させます。不妊治療の過程では「自分ではコントロールできないこと」が多いため、こうした小さな自己決定が心理的安定につながります。
研究による裏付け
実際に、社会的サポートを「自分にとってちょうどよい距離感」で調整することは、不妊女性の心理的健康に有益であると報告されています(Martins et al., Human Reproduction Update, 2016)。また、ストレスの多い状況下では、回避的コーピングが短期的には有効に働き、抑うつ症状を軽減することも研究で示されています(Holahan et al., Journal of Abnormal Psychology, 2005)。
「距離をとる=逃げ」ではない
大切なのは、距離をとることを「逃げ」や「弱さ」と解釈しないことです。むしろ、自分の心を守るための柔軟な適応行動なのです。無理にポジティブに振る舞うよりも、適切に距離をとりながら安全な環境で心を整える方が、長期的には健全な回復につながります。
📌 まとめると、
- 妊娠・出産の話題がつらければ、距離をとってよい
- 距離をとることは「自己防衛」であり、心理的に自然な適応反応
- 研究でも、自分にとって適切な距離感を保つことは心の健康に有益
こうした視点を持つことで、「無理に関わらなくてもいい」と安心して自分を許せるようになります。
あなたの気持ちは「大切な心の声」
「喜べない」という感情は、あなたがこれまで歩んできた努力と願いの大きさを物語っています。
それは人間性の問題ではなく、心が正直に反応している証です。
安心して本音を話せる環境で感情を表現することで、孤独感や自己否定感は少しずつやわらぎます。
専門家と一緒に心を整理するという選択
妊活や不妊治療に伴う心理的な負担は、「抑うつ」「不安」「孤独感」として表れやすいことが研究でも示されています。
けれども、心理的支援を受けることで心の回復力を高められることもまた明らかになっています。
当オフィスでは、臨床心理士・公認心理師が、不妊治療に伴う心の揺れや葛藤に寄り添い、安心して気持ちを整理できるカウンセリングを提供しています。
無理に前向きな言葉を探さなくても大丈夫。
「喜べない」という気持ちのままでお越しください。
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参考文献
- Fertility Research and Practice (2021)
Prevalence of depression in women undergoing infertility treatment: a meta-analysis.
不妊女性におけるうつ症状の有病率は30〜40%に達することを報告。 - PLOS ONE (2023)
Prevalence and factors associated with anxiety and depression among infertile women: a cross-sectional study in China.
不妊女性の25.2%が不安症状、31.3%が抑うつ症状を示し、睡眠の質や身体症状がリスク要因であることを明らかに。 - Frontiers in Psychology (2022)
Network analysis of psychological distress in infertile patients.
不妊治療患者における心理的苦痛の中心的症状として「罪悪感」が重要であることを示した研究。 - Healthcare (2022)
The Impact of Infertility-Related Stigma on Psychological Distress in Japanese Women.
日本の不妊女性において、スティグマの感覚が強いほど抑うつ・不安・心理的苦痛が高まることを確認。 - Human Reproduction Update (2016)
Martins, M.V. et al. The impact of social support on infertility-related stress: a systematic review.
社会的サポートを「自分にとってちょうどよい距離感」で調整することが、不妊女性の心理的健康に有益であると示したレビュー研究。 - Journal of Abnormal Psychology (2005)
Holahan, C.J. et al. Avoidance coping, stress, and depressive symptoms: an interactive model.
ストレスの多い状況下では、回避的コーピングが短期的には有効に働き、抑うつ症状を軽減する可能性があることを報告。


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