【不妊治療とストレス】病院では教えてくれない「こころのケア」との向き合い方
臨床心理士が解説するする、安心して読める心のサポートガイド
Contents
はじめに
不妊治療に取り組む中で、誰にも話せない孤独や焦り、どうにもできない感情に悩んでいませんか?
治療を受けていると、医療的なサポートは受けられる一方で、こころのつらさは見過ごされがちです。
「つらいのに、誰にも言えない」
「頑張っているのに、結果が出ない」
そんな思いを抱えている方に向けて、臨床心理士の視点から「不妊×ストレス」への向き合い方をご紹介します。
不妊治療がもたらすストレスの正体とは
人に話せない苦しさ
不妊はとてもプライベートなテーマであるため、周囲に相談しづらいと感じる方が多くいらっしゃいます。
「理解してもらえなかったらどうしよう」「相手を困らせてしまうかも」といった不安から、気持ちを一人で抱え込んでしまいがちです。
その結果、孤独感や無力感が強まりやすくなります(Greil, 1997)。
治療そのものが心に与える負担
不妊治療は、身体的な負担だけでなく、精神的・感情的な負荷も非常に大きいプロセスです。
排卵誘発剤やホルモン治療をはじめとする一連の医療的介入は、体内のホルモンバランスを人工的にコントロールするため、感情の起伏が激しくなったり、理由もなく涙が出たり、強い焦燥感や不安感に襲われることがあります。
「こんなに感情が不安定なのは自分だけなのでは」と戸惑う方も多いですが、これは医学的にも説明のつく“身体的反応”であり、決して本人の性格や精神力の問題ではありません(Freeman et al., 1993)。
また、採卵や移植といった処置に対する**痛みや緊張感、スケジュールの拘束、治療の成否が分かるまでの待機期間(いわゆる「判定日までの2週間」)などは、見た目にはわかりづらいにもかかわらず、大きな心理的ストレスを生みます。
何度も通院しながらも結果が出ないと、「またダメだったらどうしよう」「今回はうまくいってほしい」と、常に気持ちが張りつめた状態になります。
臨床心理学では、このような状態を“慢性的ストレス状態(chronic stress)”といい、自律神経や睡眠、日常の生活機能にも影響を与えることが知られています。
さらに、治療の過程では「次のステップに進むかどうか」という選択と決断を繰り返し迫られます。治療の継続か中断か、どの医療機関を選ぶか、パートナーとの温度差など、どの選択にも“正解”がないため、強い迷いや葛藤がついて回ります。
このように、不妊治療には目に見える苦労と、見えづらいこころの負担の両方が重なっています。にもかかわらず、そうしたつらさが十分に言語化されたり、共感的に受け止められる場面はまだまだ少ないのが現状です。
「なんでこんなにしんどいのか分からない」
「周りからは“ただ通院してるだけ”に見えるのがつらい」
こうした声は、カウンセリングでも多く聞かれます。
治療によるこころへの負担は“あるべくしてあるもの”です。
それを一人で抱え込まず、感じていることに正直になれる場が必要です。
自分を責めてしまう
不妊治療に取り組んでいると、
「これだけ努力しているのに結果が出ない」「何か自分に足りないのではないか」
という思いに苛まれることがあります。
とくに周囲の妊娠報告を見聞きしたとき、自分が置いていかれたような感覚に襲われ、「私はいつまでも妊娠できないのでは」「妊娠できないのは、女性として失格なのでは」といった自己否定の感情が浮かびやすくなります。
こうした感情は、理屈では割り切れないほど強く、深く、持続的です。
心理学では、こうした「自分の存在や努力を不当に低く見積もる」考え方を“認知の歪み(cognitive distortion)”と呼びます。
不妊というコントロールが難しい状況に対して、原因を自分に引き寄せて考えてしまう「個人化(personalization)」や、「上手くいかなければ全て無意味」と感じてしまう「全か無か思考(all-or-nothing thinking)」が、特に不妊治療中の女性によく見られる傾向です。
また、何度も治療に挑戦しながら妊娠に至らない場合、
「次こそは」と期待する気持ちと「またダメかもしれない」という不安が交錯し、
思うように結果が出ないたびに、「自分のせいだ」「もっと頑張れたはず」と内側に怒りを向けてしまうこともあります。
これは、責任感が強く、まじめに向き合ってきた人ほど抱きやすい思考パターンです。
けれど本来、不妊治療の成否は多くの要因が複雑に絡んでいるため、すべてを自分の責任にすることには無理があります。
カウンセリングでは、こうした「自分を責める思考」に対して、
- 本当にそう思う根拠はあるか?
- 他の可能性は考えられるか?
- なぜ、そのような考えが浮かんでくるのか?
といった問いかけを通して、少しずつ思考の柔軟性を取り戻していく作業を行います。
それは、自分を責めないように“頑張る”ことではなく、
思考の変容をめざしていくプロセスです。
自分を責めることは、つらい状況のなかでなんとか自分を納得させようとする、ひとつの適応行動でもあります。
だからこそ、それを否定せずに、少しずつほぐしていく関わりが必要です。
病院では教えてくれない“心の領域”
医療は身体のケア、心は誰が守る?
医師や看護師は身体の治療に集中する専門家ですが、心のケアは別の視点が必要です。
それを担うのが、臨床心理士や公認心理師、生殖心理カウンセラーといった「こころの専門家」です。
治療中のストレスや悩みを受け止め、整理するサポートを行っています。
周囲の無理解がもたらす二次的ストレス
「まだ子ども作らないの?」「不妊治療するって、気にしすぎじゃない?」「治療してまで子どもががほしいの?」——など、相手からしたら何気ないかもしれない一言が、治療している当事者には心に刺さることもあります。
相手に悪気がないからこそ、怒りや悲しみをどこにもぶつけられず、つらさが蓄積していきます。
「頑張れない自分」を責めなくていい
治療に疲れて「もう無理」と思う日があるのは当然です。
心と身体のエネルギーには限りがあります。
頑張れないときこそ、「いまの自分」を責めず、休むことを自分に許してあげてください。
不妊治療と向き合うあなたへーこころを守る5つのヒント
1. 感情を押し込めない
つらいときは泣いてもかまいません。
「こんなことで泣いてはいけない」「強くいなければ」と思ってしまうことはありますが、涙や怒り、不安といった感情は“今の自分が頑張っている証”でもあります。
心理学の研究では、感情を過度に抑えるよりも、適切に感じ、表現することでストレスが軽減されることが示されています(Gross & Levenson, 1997)。
「私はいま、悔しいんだ」「不安でいっぱいなんだな」――そう気づいてあげることは、自分自身との信頼関係を築く第一歩です。
感情を我慢するのではなく、“感じていい”のです。自分の感情を認めてあげましょう。
2. 言葉にする/書き出してみる
気持ちを言葉にすることには、大きな力があります。
誰か信頼できる人に話してみる、カウンセリングを利用する、あるいはノートに書き出してみるなど、頭の中にある思いや感情を“外に出す”ことで、心は少しずつ整理されていきます。
心理学者ペネベーカーの研究によれば、感情を言語化することは、ストレスの軽減や自己理解の促進に役立つことが分かっています(Pennebaker, 1997)。
誰かに伝えるのが難しいときは、「今日の気持ち」「よく出てくる言葉」「身体の感覚」など、思いつくままにメモしてみましょう。
書くことで、心の中のモヤモヤに輪郭ができ、見つめ直せるようになります。
3. 比較を手放す
SNSや周囲の妊娠・出産報告を見て、心がざわつくことは自然な反応です。
「祝福できない自分は冷たいのでは…」と責める必要はありません。
今はその情報から距離を取ることが、自分を守るうえでとても大切です。
不妊治療は一人ひとり状況も背景も異なります。
周囲と比べず、「今の自分にできること」「自分の気持ち」だけに焦点を戻すことが、心の回復には欠かせません。
「今日はSNSを見ない」「通知をオフにする」――そういった小さな選択も、立派なセルフケアです。
あなたのペースで、大丈夫です。
4. 専門家(カウンセラー)に相談する
「これくらい自分でなんとかしなきゃ」と思っていませんか?
けれど、心の疲れは目に見えにくく、気づいたときにはかなり消耗していることもあります。
心理カウンセリングは、“心が壊れそうになったときの最後の手段”ではありません。
もっと自分を大切にしたい、少し気持ちを整理したい――そんなときこそ利用してほしいサポートです。
臨床心理士や公認心理師といった専門家が、判断やアドバイスを押しつけるのではなく、あなた自身の気持ちや価値観を尊重しながら一緒に考えていくのがカウンセリングの特徴です。
「安心して話せる場所がある」というだけで、こころがふっと軽くなることもあります。
5. 自分に優しくする習慣をつくる
「今日はちょっといいお茶を飲んでみる」
「疲れているから、30分早く寝る」
「好きな香りの入浴剤を使ってみる」
ほんの小さなことでも、自分の心と身体に「あなたを大切にしてるよ」と伝える時間を持つことが、ストレスを和らげる力になります。
心理学者クリスティン・ネフは、“セルフ・コンパッション(self-compassion)”=**「自分に対して思いやりを持つこと」**が、自己肯定感やレジリエンスを高めると述べています(Neff, 2003)。
不妊治療のような長く続くプロセスの中では、「頑張ること」だけでなく、「休むこと」「ねぎらうこと」も、回復のためにとても大切です。
臨床心理士として伝えたいこと
不妊治療は、身体だけでなく心も試されるプロセスです。
「誰にも言えない」「もう頑張れない」と感じるその思いは、あなたの弱さではありません。誰にも言えないほど、一人で抱えて、頑張ってこられた証です。限界を超えるまで頑張らなくてもいいのです。
どうか、自分の気持ちを後回しにしないでください。
心を支える手段や場所は、ちゃんとあります。あなたのことを、あなた自身がいちばん大切にしてあげてください。
まとめ|あなたはひとりじゃない
不妊治療中のストレスは、決して「特別」なものではありません。
それはあなたが真剣に向き合っている証です。
無理にポジティブになる必要も、完璧に頑張る必要もありません。
まずは、「しんどい」と感じる自分に気づくこと。
それが、心と向き合う一歩になります。
大阪堺臨床心理カウンセリングオフィスでは、現在オンラインにてカウンセリングを受け付けております。オンラインですので、全国どこからでも対応が可能です。
参考文献
Greil, A. L. (1997). Infertility and psychological distress: A critical review of the literature. Social Science & Medicine, 45(11), 1679–1704. https://doi.org/10.1016/S0277-9536(97)00102-0
Freeman, E. W., Rickels, K., Sondheimer, S. J., & Polansky, M. (1993). Differential response to hormonal treatment in women with premenstrual syndrome: A psychobiologic profile. Psychoneuroendocrinology, 18(3), 195–206. https://doi.org/10.1016/0306-4530(93)90002-6
Gross, J. J., & Levenson, R. W. (1997). Hiding feelings: The acute effects of inhibiting negative and positive emotion. Journal of Abnormal Psychology, 106(1), 95–103. https://doi.org/10.1037/0021-843X.106.1.95
Pennebaker, J. W. (1997). Opening up: The healing power of expressing emotions. Guilford Press.
Neff, K. D. (2003). The development and validation of a scale to measure self-compassion. Self and Identity, 2(3), 223–250. https://doi.org/10.1080/15298860309027

